Bok No Bibrok

日々の考察。

偉人から勉強できる10のこと【超訳ニーチェの言葉】

「歴史は繰り返す」という言葉がある。

それはほとんどの場合、「人」の歴史を指し、

つまりは数千年前から数百年前、そして今現在も本質的には同じことをしているということを意味する。

なぜ繰り返すのか。

理由の1つとしては、人の性質が何千年も前から変わっていないことが挙げられるだろう。

では、その性質とはいったい何なのか。

今回は、「人の変わらない性質」について「超訳 ニーチェの言葉」という書籍からいくつか紹介したい。

超訳 ニーチェの言葉

超訳 ニーチェの言葉

格言について

人の本質を考えるにあたって、非常に参考になるのが古典などに記述されている所謂「格言」である。

前回の書籍もそうだったが、私は意識的に「格言」や「ことわざ」と呼ばれる言葉をインプットするように心掛けている。

なぜか。

それは、この世界で比較的発生しやすい事象とその対策を端的にまとめたものだと認識しているからである。

もしこういった言葉に何の意味もないというのなら、とっくの昔に「古い人間のズレた解釈」として消え去っていただろう。

そうはならず、これらの言葉が永い時間を掛けて伝承され続けてきたのはいつの時代にも響いた戒めの言葉だったからに他ならない。

いわば数千年単位で通用する人生のノウハウだ。

時代や環境は生きている間だけでもコロコロ変化するため、職業などに紐付いたノウハウはすぐに使い物にならなくなってしまうが、このノウハウは生まれてから死ぬまで使い続けられる。

前回は孔子の言葉だったが、今回は哲学者、フリードリヒ・ニーチェの言葉を紹介したい。

人の本質を表した言葉10選

数多くあるニーチェの残した言葉から、特に気に入っているものを以下に紹介させていただく。

1. 真実の追求は、誰かが以前に信じていた全ての“真実”の疑いから始まる。

相対性理論の発見はまさにこのことを物語っているだろう。

相対性理論は、誰もが不変的なものだと思っていた「時間」が、実は可変的なものだったということを示した。

もし、アインシュタインが「時間は不変的なものだからこの理論は成り立たない」と思ってしまっていたら、未だに相対性理論は見つかっていなかったかもしれない。

こういった科学的な真実以外にも、歴史、はたまた身近な人間関係などでも、それは起こり得る。

何事も、鵜呑みにすることは危険だということだ。

2. 怪物と闘う者は、自らも怪物にならぬよう気をつけるべきだろう。深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。

この言葉は比較的有名かもしれない。

私個人としては、伊坂幸太郎原作のマンガ「魔王 JUVENILE REMIX」で知り、非常に文学的かつ作品での見せ方も印象的だったため、よく記憶に残っている。

これは馴染み深い言葉で言い換えると「ミイラ取りがミイラになる」だ。

こちらの例としては、現在フィリピンで起きている「麻薬撲滅戦争」が挙げられる。

麻薬犯罪者を一掃するために、政府が警察や自警団に殺害許可を出しており、すでに数千人が死亡している。

法を犯した者たちとはいえ、殺害まですべきだろうか。

最初はただただ正義を掲げて動いていたのかもしれないが今はどうだろうか。

本当の怪物はどちらなのだろうか。

あなたが為した結果がそうならないように、細心の注意を払う必要があるだろう。

3. 独創的 – 何か新しいものを初めて観察することではなく、古いもの、古くから知られていたもの、あるいは誰の目にもふれていたが見逃されていたものを、新しいもののように観察することが、真に独創的な頭脳の証拠である。

「スマートフォン」などが良い例だろう。

今まで電話やメールをすることだけが主目的だった「携帯電話」というデバイスを、「小さなコンピュータ」として昇華させたのは非常に革新的な変化だった。

また、最近何かと話題の「VALU」も、昔からある「株式」というシステムを、企業ではなく「個人」に対して適用した部分が独創的なサービスとして注目されている。

VALU | 叶う夢を増やそう。- VALUは、なりたいものや、やりたいことを実現するために、継続的に支援を募ることができるSNSです。

4. 大きな恩恵は、感謝を生み出さない。

あなたは国家に感謝したことがあるだろうか。

もしくは、水道、電気、ガス、インターネットなどを、料金さえ払えばいつでも利用できる環境にいることに対して感謝したことがあるだろうか。

いつも掃除、洗濯をしてくれ、温かい食事を用意してくれる母親に普段どんな態度でいるだろうか。

それに比べて、先輩や友人に一食を奢ってもらったことばかりに感謝していないだろうか。

定期的にマクロな視点で身の回りを見返すことはとても大事なことだ。

5. 物事を完成させるには、才能や技量よりも、時間による熟成を信じながら絶えず歩んでいくという気質が決定的な役割を果たすのだ。

こちらはわかりやすく、つまり「継続は力なり」ということだ。

以前、紹介した「GRIT~やり抜く力~」でもまさにこのことを述べていたので、興味のある方はご参照いただきたい。

www.boknobibrok.com

1日1ページ本を読む、1日1個英単語を覚える、1日1問詰め将棋を解く、一見規模が小さすぎて効果が無いように見えるが、もし1日毎に1.01倍の向上があった場合、1年後には以下のように37.8倍になる。


1.01^{365} = 37.8

逆もまた然り、1日サボることで前日の0.99倍になってしまうのならば、1年間後にはなんと0.03倍になってしまう。


0.99^{365} = 0.03

実際には数式のようにはならないかもしれないが、充分似たような結果となるだろう。

日々の一歩は非常に小さいように見えても「塵も積もれば山となる」のだ

6. 轢かれる危険が最も多いのは、ちょうど一つの車を避けた時である。

これは人間の性質として、危機を乗り越えたときに最も油断しがちということだ。

また嫌な出来事は重なるということも示唆しているのかもしれない。

7. 一段深く考える人は、自分がどんな行動をしどんな判断をしようと、いつも間違っているということを知っている。

議論の際、人に反論されて「なんだと!」と思った経験のある人は多いだろう。

なぜそのように負の感情が起きがちなのかというと、それは「自分が正しい」と思っているからだ。

「自分が正しいのに何故この人は私の邪魔をするのだ」、意識しているかはわからないがそういう風に思っているかもしれない。

基本的に、議論や何かしらの意見には「解決したい目的がある」ことがほとんどだ。

その目的を解決できるのであればその手段にこだわるべきではない。

つまり、一段深く考えることができれば「もしかしたら自分の意見は間違っているかもしれない。だとしたら、相手の意見を受け入れた方が目的は達成されるな。」と、一時の感情に囚われ結局問題を解決できなかったということを防ぐことができる。

ちなみに、仏教的にも「何が正しいかなどは存在しない」という教えがあり、近いスタンスを取っている。

8. 事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。

他人に厳しい言葉を投げかけられた。

それに対して「あの人は自分のことを嫌っているんだ。悲しい。」と解釈することもできれば、

はたまた「激励の言葉を掛けてもらった。やってやる!」と解釈することもできる。

この時、他人の行動は何一つ変わっていないにも関わらず、己の感情のポジティブかネガティブかが決定している。

自分の解釈だけで世界は180度違うものになり得るのだ。

少しの工夫で、明日からあなたの世界は一段と素敵なものに、なる。

9. たくさんのことを生半可に知っているよりは、何も知らないほうがよい。

何にでも手を出して、全てが中途半端になってしまうくらいなら何もしない方が良い。

裏を返せば、学ぶのであれば絞って極めるように行うべきということだ。

孔子も所謂「選択と集中」について言及している。

君子、多能を恥づ

また、近しい意味合いとしてソクラテスも以下のように述べている。

少量をうまくやる方が、大量にまずくやるよりもよい。

こう、賢人と呼ばれる人たちが口を揃えて同じこと言っているのは、それこそ「本当の本質」というものなのだろう。

10. すべて、初めは危険だ。しかし、とにかく始めなければ始まらない。

ギターが弾けるようになりたいのならまずは弾いてみる外無い。

当たり前からもしれないが「始める」という選択肢以外に始めることはできないのだ。

始めることの大切さを説明する面白い話として、例えば英語ができるようになりたいと思っている人が1万人いるとしたら、実際に英語の学習を始める人はその内100人、それを続ける人は1人しかいないという。

1万人継続する人は1人この法則を知ればあなたは頑張れる!

続けることの重要性は既に述べた通りだが、何はともあれまず始めるということも同様に重要なのだ。

また、哲学者プラトンも以下のように述べている。

始めは全体の半ばである。

思い描く理想があるのならあとは「始める」だけだ。

最後に

今回は、人の性質について着目した書籍を紹介させていただいたが、常にこれに従うこともないとも思う。

「人はこうであることが多い」というだけであり、「自分が間違っている」かもしれないと思いつつも行かざるを得ないこともあるはずだ。

しかし、日常へのヒントがたくさん含まれていることに変わりはなく、自分の視点が凝り固まっていないかを見直すきっかけには丁度良い。

先人が生涯を掛けて漸く気づいたことに、我々が同じ時間を掛けて辿り着いてもしょうがない。

遺してくれたもののその先へ。

それはいつだって現在を生きる我々に託されている。