Bok No Bibrok

日々の考察。

素晴らしい議論

誰かを不快にさせたいときのオススメの方法は「論破すること」です。

というのは冗談で、自分の主張を誰かに受け入れてもらいたいときに選択する手段として、「論破」は最悪です。

人が意見に反対するときは、だいたいその伝え方が気に食わないときである。

フリードリヒ・ニーチェ

このように、論破という選択肢自体が、相手を反論に駆り立てるためのものであることがわかります。

反論してきたから論破しようとした、というよりも、論破しようとしたから反論してきた、ということです。

これを理解している上で論破という選択を取っているのなら、おそらくその人は論破すること自体が目的になってしまっているのでしょう。

「手段の目的化」というやつですね。

では、自分の主張を相手に受け入れてもらいたいときにはどうすれば良いでしょうか?

目指すべきは、お互いの言い分を主張し合った先に現れる「第三の道」です。

言い換えると、「私の主張”A”」か「相手の主張”B”」のどちらかに決定することをゴールとするのではなく、そのどちらでもない「お互いの目的を達成できる”C”」を見つけるために尽力するということです。

全ての状況に対応できるとは言いませんが、多くの場合、お互いの求めているものを、二兎を得にいくことが可能だと思います。

そのためにはまず、「相手の”真の”目的を理解しようと努力すること」が鍵になってきます。

たいていの場合、その主張自身にではなく、「それに付随した何か」が目的になっていたりします。

その何かとは、自己承認欲求だったり、金銭的利益だったり、組織における自身の立場であったり、など様々です。

つまりは、その「真の目的」を察した上で、お互いの納得行く道を見つけようとすることで、例えば相手は「自分の提示した手段ではないが、その条件なら全然悪くないな」となり、結果お互いが満足できる結果に落ち着けることができます。

また、これは自分の主張にも同じようにあてはめることができ、「自分の真の目的」を改めて考えてみることで、自身の手段をフレキシブルに変えることも可能になります。

いがみ合ったり、自分だけの利益を考えて行動したりせず、相手のことを考えられるだけの余裕を持って、日々を過ごしていきたいものですね。